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針尾送信所跡(長崎県/佐世保市)

 「日露戦争において、無線通信の重要性を認識した日本海軍により建設された無線電信施設。大正7年(1918)に着工し、大正11年(1922)に完成した。 太平洋戦争の開戦に際しては、『ニイタカヤマノボレ1208』の暗号をここからも発したといわれているが、それを裏付ける資料は確認されていない。」(長崎県HPより) ▼長崎県・佐世保市郊外の森の中から伸びる3本の塔…。  ▼1922(大正11)年に完成した…。  ▼無線送信所の遺...

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第21海軍航空廠本部庁舎跡地及び防空壕(長崎県/大村市)

 「第21海軍航空廠の本部庁舎前に設置された防空壕の遺構。第21海軍航空廠は、昭和16年(1941)10月に佐世保にあった海軍工廠航空機部が移転し開設された。海軍の観測機や戦闘機を製造し、5万人の工員が就業した。 この人口増と、関連施設が当時の大村町のみならず周辺の村にも及んだため、航空廠の設置が、大村町と周辺6村が合併し大村市が誕生する契機となっている。」(長崎県HPより) ▼長崎県交通局(県営バス)に乗って...

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新尺別駅周辺(北海道/釧路市) ~2019初春

 1970(昭和45)年に廃止された雄別炭礦・尺別鉄道線の新尺別駅付近に残る遺構の数々。前回訪問から7年余りが経った2019(平成31)年1月の某日、再訪の機会に恵まれましたので、その時の様子をご紹介したいと思います。 ▼新尺別駅前のメインストリート。  ▼「尺別生活館」だった建物は前回訪問から変わらず…。  ▼ガソリンスタンド跡も残されていました。  ▼鉄道線の跨道橋も以前のまま。  ▼現在は人の気配が全く感じられ...

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豊田小中学校跡(北海道/豊富町)

 北海道の道北をドライブしていたところ、道路沿いに複数の廃屋があるのを発見し、カメラに収めました。旅行から戻ってネットで確認すると、豊富町の豊田集落という場所だったようです。集落にあった豊田小中学校は1978(昭和53)年に閉校となりました。 ▼豊田小中学校があった場所。校舎は21世紀に入ってからもしばらく残されていたようですが…。  ▼現在は跡形もなくなっています。こちらは学校近くにあった教員住宅。  ▼近...

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日曹炭鉱跡(北海道/豊富町)

 日曹炭鉱は道北の豊富町にあった炭鉱です。1937(昭和12)年に日曹鉱業による本格的な採掘が始まり、1940(昭和15)年には豊富駅と炭鉱を結ぶ鉄道も開通し、最盛期には人口3,000人を数えました。 しかし、炭鉱事故や海外炭流入による国内炭需要の減少等により1972(昭和47)年に閉山、鉄道も廃止されました。2018(平成30)年6月、付近を散策した時の様子をご紹介します。 ▼道道84号線沿いにある「日曹炭坑記念碑」の看板。奥...

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旧江差線の跡形を探して

 2014(平成26)年5月のJR北海道・江差線(木古内~江差間)廃止から約4年…、2018(平成30)年5月に江差町内を散策し、江差線の跡形が残っていないか、探してみました。 ▼町内に残る「江差駅」と書かれた看板。  ▼こうした看板は…。  ▼現時点では町内の至るところで見ることができます。  ▼江差駅跡へ行ってみると…。  ▼駅舎やホームは跡形もなく撤去され、更地になっています。  ▼旧江差駅前のバス停は「陣屋団地」...

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七戸駅跡のレールバス見学(青森県/七戸町)

 1962(昭和37)年に地元悲願の鉄道として開通した南部縦貫鉄道。「レールバス」の愛称で親しまれた小型車両による旅客輸送の他、農産物の輸送にも活躍しましたが、1997(平成9)年の運転休止を経て、2002(平成14)年に廃止されました。 現在、終点だった七戸駅構内は、七戸町や観光協会、レールバス愛好会によって保存活動が行われています。前回訪問時には入ることができなかった車庫を見学することができましたので、その時...

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港線跡地(北海道/根室市)

 北海道・根室市にはその昔、根室駅と根室港を結ぶための貨物専用の路線が敷設されていました。港線(通称臨港線)という、根室駅~根室港駅間2.3kmの路線です。 1934(昭和9)年に開業し、戦前から戦中、戦後にかけて、鮮魚貝類や木材、石炭、塩などが輸送されていましたが、漁獲高の減少やトラック輸送の普及により、1965(昭和40)年に廃止となりました。 現在、路線だった場所の一部は遊歩道として整備されており、そこに鉄...

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雷電温泉郷(北海道/岩内町)

 1963(昭和38)年に開湯した北海道・岩内町の雷電温泉。かつては9軒の温泉宿がありましたが相次いで廃業、現在国道229号線の車窓から見えるのは朽ち果てたホテルや旅館が並ぶ「廃墟の街」です。 中でも一番目立つのは「ホテル雷電」の建物。2007(平成19)年にホテル雷電が閉館した後、2010(平成22)年に別ホテル名で再オープンするも、あえなく閉鎖。今回は、2017(平成29)年6月に訪問した時の様子を、この建物を中心にコメ...

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旧善宝寺駅舎(山形県/鶴岡市)

 庄内交通の湯野浜線は、山形県鶴岡市の鶴岡駅~湯野浜温泉駅間12.3kmを結ぶ鉄道路線でした。1929(昭和4)年の開通以降、湯野浜温泉の宿泊客や魚の行商などの足として活躍しましたが、1975(昭和50)年に廃止となりました。 湯野浜線の途中に善宝寺駅という駅がありました。路線廃止後、駅構内は鉄道記念館として再出発しましたが、こちらも来館者の減少により1999(平成11)年頃に閉館となってしまいました。 ▼旧善宝寺駅舎。...

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白糠線の廃線跡

 旧・国鉄の白糠線は道東の白糠~北進間33.1kmを結んでいた路線です。石炭や木材の輸送を企図して1964(昭和39)年に白糠~上茶路間25.2kmが開業、その後1972(昭和47)年に上茶路~北進間7.9kmが延伸開業しました。 計画では足寄まで延伸する予定でしたが、“北進”の名もむなしく延伸工事は中止され、大幅な赤字を抱える既存区間も国鉄再建法の下で第1次特定地方交通線に指定、1983(昭和58)年に特定地方交通線の先陣を切って全...

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南部縦貫鉄道 七戸駅跡(青森県/七戸町)

 「昭和37年(1962)10月、地元民の長い間の念願として開通した鉄道で、ファンからは『レールバス』の愛称で親しまれました。当初は、沿線住民の足としてばかりでなく農産物などの輸送にも活躍しましたが、平成14年、35年間の営業を終えました。」(七戸町観光協会HPより) ▼旧南部縦貫鉄道の七戸駅跡へやって来ました。  ▼駅構内が営業当時のまま、残されています。  ▼旧駅舎や駅名標を眺めていると…。  ▼まるで今でも...

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松尾鉱山跡(岩手県/八幡平市)

 一時は東洋一の硫黄生産量を誇った松尾鉱山。鉱山の人口は最盛期の1960(昭和35)年には1万3,000人余りを数え、水洗トイレ完備の鉄筋コンクリート集合住宅や学校・病院などあらゆる都市機能が形成され、「雲上の楽園」とも呼ばれました。 その後、硫黄の需要減や輸入品の増加、石油精製の過程で出てくる副生成物としての硫黄の台頭などにより鉱山は衰退、鉱山会社は1969(昭和44)年に倒産、1972(昭和47)年に完全に閉山しまし...

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曽木発電所遺構(鹿児島県/伊佐市)

 「曽木の滝の1.5キロメートル下流に、今でも明治の面影を強く残している曽木発電所跡があります。曽木発電所は明治42年に竣工し、その出力は当時国内でも最大級のもので、水俣のチッソなどにも送電を行っていました。 昭和40年に鶴田ダムの完成とともに水没することになりましたが、現在では渇水期の5~9月頃に中世のヨーロッパの居城跡を思わせるレンガ造りの建物が姿をあらわします。その時期以外は大鶴湖の湖底に沈み、存在...

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夕張の現在(いま)~2016初夏No.2

 No.1の続きです。No.2では、平和地区から石炭の歴史村(高松・小松付近)を訪問した時の様子をご紹介したいと思います。                                     No.3へ続きます。 訪問日:2016年7月3日...

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夕張の現在(いま)~2016初夏No.1

 炭鉱の町として1960(昭和35)年には117千人もの人口を抱えていた北海道・夕張市。その後のエネルギー革命により国内の石炭産業は衰退、人口はピークからの50年間で十分の一まで減少、2013(平成25)年には人口がついに1万人を割り込みました。 また、「炭鉱から観光へ」のスローガンのもと、テーマパークやスキー場などに積極的(乱脈的?)な投資を行ったツケが回り、2007(平成19)年には財政再建団体に指定されるなど、夕張...

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北炭清水沢発電所(北海道/夕張市)~2014秋涼

 およそ3年ぶりに北海道・夕張市の北炭清水沢発電所跡付近を訪問しました。いったんは解体工事が進められかけましたが、地元有志の方々の働きかけにより遺産としての活用を行い、現在は解体工事を休止しているそうです。 ▼清水沢ダムより眺める…。  ▼北炭清水沢発電所。紅葉華やかな自然の中に美しい廃墟が映えます。  ▼ダム周辺も紅葉の真っ盛り。 <参考HP>  ・「清水沢プロジェクト」 訪問日:2014年10月15日...

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屋代駅周辺の長野電鉄屋代線廃線跡

 2012(平成24)年3月31日の運行をもって廃止された長野電鉄・屋代線。起点だった屋代駅周辺には屋代線の遺構がいくつか残されています。 ▼屋代駅は現在、しなの鉄道の駅として営業中です。  ▼長野電鉄屋代線のホームへ向かう跨線橋は閉鎖されています。  ▼駅の北側にある踏切に移動しました。  ▼長野電鉄八代線のレールは既に撤去されています。  ▼バラストが残された空間が、鉄道が走っていたことを物語っています。 ...

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廃止後の江差線

 JR北海道・江差線が廃止となってから1年半あまりが経過した2016(平成28)年1月、廃線跡の一部を辿ってみました。まずは廃止区間の終点だった江差駅からスタートです。 ▼旧江差駅舎。  ▼旧駅舎前には「ありがとう江差線」のモニュメントが建てられています。  ▼バス停の名称は「江差駅前」のまま。  ▼旧江差駅全景。線路は雪に覆われて、判別しずらくなっています。  ▼現役時代は有名な撮影地だった、天野川第一橋梁...

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羽幌炭鉱(北海道/羽幌町)~後編

 中編からの続きです。炭鉱アパート群跡から羽幌炭鉱鉄道の廃線跡を辿りながら、羽幌炭鉱を後にします。 ▼いつまでも見飽きることがない炭鉱アパート群跡。  ▼当時の人々は築別炭砿駅からアパートへ向かう際、この辰巳橋を通りました。  ▼築別川には鉄道の橋脚が残されています。  ▼炭鉱アパート群跡から少し海側に戻って、次に向かったのは…。  ▼太陽小学校跡です。  ▼1940(昭和15)年開校。生徒数は一時1,000名を超...

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羽幌炭鉱(北海道/羽幌町)~中編

 前編からの続きです。築別坑の貯炭場(ホッパー)跡から炭鉱アパート群跡を目指します。 ▼貯炭場(ホッパー)跡と反対側の方角を見ると…。  ▼大きな煙突が。火力発電所にあったものだそうです。  ▼こちらは橋梁の橋台跡。炭鉱街があったことを示す数多くの遺構…。  ▼さらに奥へ進むと、病院跡があります。しかし…。  ▼病室数14・ベッド数50を誇った総合病院の面影は…。  ▼どこにもありません。  ▼こちらは消防団庁...

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羽幌炭鉱(北海道/羽幌町)~前編

 北海道・羽幌町の羽幌炭鉱。北海道の北西部で古くから知られる「留萌炭田」の中心的炭鉱でした。1935(昭和10)年から操業が開始され、北から築別坑、羽幌坑(本坑)、上羽幌坑(二坑)の3つ地区で石炭を生産していました。 最盛期にはヤマの人口は1万人近くを数えましたが、石油へのエネルギー転換や海外炭の流入による国内石炭産業衰退の波は羽幌炭鉱にも例外なく押し寄せ、1970(昭和45)年に閉山に至りました。 道内に数多...

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奥行臼駅・奥行臼停留所跡(北海道/別海町)

 「別海町南部に位置する奥行臼(現、奥行)地区は古くから別海市街、別海海岸部、根室市とを結ぶ交通の要所にあたり、奥行地区は奥行臼駅以外に奥行臼駅逓所、別海村営軌道など現在も多くの交通産業史跡が残る地区です。」(別海町役場HPより) ▼まずは標津線の奥行臼駅跡へ。  ▼駅舎です。残念ながら駅舎内部は当分の間公開中止だそうです。  ▼別海町教育委員会による説明文。  ▼駅の構内は自由に見学できます。  ▼1...

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越川橋梁(北海道/斜里町)

 「この橋は旧国鉄根北線のために昭和14年に着工完成した10連アーチ橋で、全長147m、高さ20mあり、当時のコンクリート建築技術を伝える建造物として、また戦時下の過酷な労働を伝える歴史遺産として貴重なものです。 根北線は昭和32年に斜里~越川間が開通しましたが越川橋梁までは線路が延びず、昭和45年に廃線となっています。その後昭和48年の国道244号線の拡幅工事のため橋脚が2本撤去され現在の姿になりました。」(現地の...

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旧松代駅舎(長野県/長野市)

 2012(平成24)年3月31日の運行をもって廃止された長野電鉄・屋代線。松代駅は屋代~須坂間のほぼ中間に位置し、同線の中では数少ない列車交換が可能な駅でした。  ▼廃線から2年余りが過ぎた2014(平成26)年4月…。  ▼旧松代駅を訪問します。駅舎はそのまま残されていました。  ▼裏手に回ると、レールや島式ホームは撤去され、更地になっています。  ▼駅舎の横には、鉄道施設の部品がきれいに並べられています。  ▼駅...

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旧熱塩駅舎(福島県/喜多方市)

 日中(にっちゅう)線は、福島県の喜多方・熱塩間11.6kmを結んでいた旧国鉄の路線です。国鉄再建に伴う廃止対象路線に指定され、1984(昭和59)年に廃線となりました。 末期の列車本数は朝夕の1日3往復のみで、「日中走らない日中線」などと揶揄されていましたが、本州で最後まで蒸気機関車(SL)による旅客列車が運転されていた線区で、多くの鉄道ファンが訪れる場所でもありました。 現在、終点の熱塩駅は「日中線記念館」...

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釜石鉱山(岩手県/釜石市)~後編

 前編の続きです。 ▼さらに山の方へ進んで行くと…。  ▼鉱山の入口があります。  ▼以前は山の斜面に張り付くようにして建物がびっしり並んでいたそうですが…。  ▼建物は既に解体され、コンクリートの壁だけが残されています。  ▼安全第一。  ▼鉱山内で働いていた車両たちが展示されています。  ▼鉱山脇にある建物は…。  ▼「釜石鉱山展示室」とあります。  ▼事務所だった建物を使っていますが、現在は休館中だそう...